日記

日記 第1回「偽善」の話 前半 ~感情的報酬~

嶋山@webライター

感謝とおわび・・・



いつも当ブログを読んで頂き、ありがとうございます!!

と、同時に、スミマセン。

せっかく「目指せ毎日更新!日記はじめました!!」なんて書いたのに、全く毎日更新していませんでした・・・。

がんばって少しずつ、書いていきます。

気を取り直してさっそく、第1回のテーマについてお話しましょう!

今回のテーマは「偽善」です。

毎年、8月下旬になると・・・



ちょっと遅くなりましたが・・・。

毎年この時期になると、「善」や「偽善」といった言葉をよく聞きます。

なんでか?については・・・わかりません!

「わかりません!」ということにさせてください!!

私なりの「偽善」



とりあえずは「偽善」について、私なりの考えを書かせてもらいます。

私はなるべく、「善」と「偽善」を分けて考えないようにしています。

なぜなら、すべての「善」は報酬を得るための行動だと思っているからです。

「は?報酬を求めたら偽善じゃん!」と思いますよね。

「報酬」って、なに?

それではひとつ、質問させてください。

あなたは「報酬」と聞いたとき、何を思い浮かべますか?

私のように、「金品」が一番に思い浮かびませんか?

それ以外でなにか、思い浮かびませんか?

強いていえば・・・「人脈」、とかですかね?

「知識」も立派な報酬ですよね!

「感情的報酬」



見出しに書いてしまいましたが、私の人生が少し楽になった言葉を、特別にお教えしましょう。

「感情的報酬」です。

「感情的報酬」という言葉を覚えておくと、気持ちが少しだけ楽になりますよ!!

「感情的報酬」とは、自分がポジティヴな感情になるきっかけを頂くこと、と私は考えています。

「感情的報酬」の最も分かりやすい例が、「ありがとうございます」「助かりました」と、人から感謝されることですね。

「何だか良いことをした気分になった」「人の役に立つことができた」という実感は、気持ちをポジティブにさせませんか?

これが私なりの、「感情的報酬」です。

感情的報酬を求める「善」すら「偽善」にしてしまったら、この世の「善」は全て「偽善」になってしまいます。

「あれは偽善だー、これは善だー」なんてややこしく考えるのは、疲れますよね?

だから私はなるべく、「善」と「偽善」を分けません。

人と話すときは「偽善」という言葉を使わないようにしています。

【余談】これは偽善?と疑った話

東日本大震災の悲劇を、商売に利用!?



余談になりますが、私が「偽善?」と疑ってしまった話をお教えします。

見出しは過激ですが中身はなるべく、過激な話にならないよう気をつけます。

とある、チャリティー・イベントで

東日本大震災が日本を襲ってから約一ヶ月後の話です。

私は、とあるチャリティー・イベントに誘われました。

音楽イベント・・・バンドのライヴです。

正確な値段は忘れましたが、入場料が高かったのは覚えています。

相場の倍の値段はしたかも・・・。

私は勝手に、「入場料が高いのは、売上の一部を義援金として送るため」と思い込み、イベントに行きました。

イベントの会場では、お店の常連客らしき人がたくさんいて、気持ちよくお酒を飲んでいます。

人が集まり、いよいよイベントが始まろうとしたそのとき・・・。

「はい!それでは、募金してくださーい!ここで集まったお金が、義援金として送られまーす!!」

余興みたいな雰囲気で「募金タイム」が始まったのです。

・・・え!?入場料から義援金が送られるんじゃないの!?

・・・そういや、入場料から義援金を送るなんて書いてないし言ってもないな・・・。

・・・なら、なんでこんなに入場料が高いんだ?

・・・くっそー!だましやがったなー!!

こんな感じで、私は勝手にイベントを「偽善」と決めつけてしまい、イベント会場となった店を嫌いになってしまったのです。

こうして振り返ると、私はなんてみっともない人間なんだ・・・とは思いました。

しかし当時は、「被災地でもないところで東日本大震災の悲劇を集客に利用するような、そんな行動は許せない!」と、かなり憤っていましたね。

今回はここまで!!




記事を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!

今回の記事はいったん、ここまでとさせて頂きます。

後半の日記 第2回「偽善」の話 後半 ~『半沢直樹』と返報性の法則~も、お楽しみください!!

また、自分なりの考えで色々書いていきますので、引き続き、よろしくお願いします!!

それではまた、別の記事でお会いしましょう!!